東京オリンピックのイメージキャラクターとしてすでに定着しつつあるドリカムのボーカルとして人気の吉田美和さんですが15年ほど前はもっと勢いがある音楽グループとして有名でした。

そんなミュージシャンとして成功を収めた吉田美和ですが、「不倫からの略奪婚」で世間から悪い印象に加え、最愛の旦那であった末田健の急死など、プライベートではあまり良いことがなかった人です。

今回はそんな吉田美和の不倫や略奪婚の真相。旦那の急死理由について調べてみました。2012年に再婚した鎌田樹音(juon)との馴れ初めについても紹介します。

吉田美和の元旦那末田健の急死の真相は?

吉田美和と元旦那の末田健は略奪婚という形で2004年に結婚をしました。

しかし、2007年に行われていた「ドリカムのワンダーランドツアー」の最中に旦那である末田健さんの容態が悪化しました。

普段の熱や風邪といった症状とは違い、おかしいと思った末田健は病院で詳しい検査しました。詳しい検査をすると「胚細胞腫瘍(はいさいぼうしゅよう)」を患っていることがわかりました。胚細胞腫瘍といえば癌の一種としても扱われている病気で事実上、末田健は癌を患っていたことになります。

胚細胞腫瘍は年間で10万人に1人~3人の割合で発症してしまう病気だそうで、早期発見であれば生存する確率が比較的高い病気でした。

しかし、末田健の場合は早期発見というわけではなく、ステージⅢ、Ⅳで遠隔転移もあったのではないかと思われます。

ツアー中ということもありましたが、旦那の容態を考えツアーの中止も考えたそうです。そんな相談を当時入院している末田健にすると、「俺は美和の歌ってる姿が好きだから頑張って!」とツアーの中止を反対されたそうです。

ツアーも終盤になり、9月23日に最終公演を迎えました。これから看病に専念ができるということでしたが、そんなことも実らず最終公演の3日後の9月26日に息を引き取ってしまいました。

当時の末田健は33歳でしたからかなり若い年齢でこの世から飛び立ったということになりますね。

それにしても自分が病気で苦しいときに吉田美和のツアーの応援をする優しさには感動しました。末田健からたくさん愛され、大切にされていたということがしみじみ伝わるお話です。

吉田美和と末田健の馴れ初めは?略奪婚って本当だったの?

吉田美和さんは2007年に最愛の夫である末田健さんとの悲しいお別れがありました。そんな吉田美和と末田健の馴れ初め、つまり出会いのきっかけについて遡ってみました。

そんな二人の出会いのきっかけは2001年ごろのミュージックビデオの撮影でした。吉田美和はドリカムのメンバーとして、末田健はミュージックビデオを制作する会社に所属していました。

当時の吉田美和は独身だったのですが、末田健には妻、そして子供もいたそうです。そんなこともあって普通であれば二人が結婚するということはありえないのですが、なぜか誤った道を二人は進んでしまい不倫、そして略奪婚という形で世間に注目されてしまうことになりました。

略奪婚ということもあって当時の吉田美和は世間から大きく批判を受けてしまうことになってしまったのですが、実際には世間からイメージされている略奪婚とは少し違った裏話があったそうです。

ミュージックビデオの撮影で出会ったお二人ですが、出会った当初は末田健から独身であると聞いていたそうです。どのような理由があって嘘をついていたのかは不明ですが、吉田美和は末田健のことを1人の独身男性という認識でお仕事やプライベートで関わっていたことがわかります。

やがて、二人の関係は仕事関係から友人関係、そして恋愛対象となる関係まで発展しました。そんな二人がお付き合いするとなったときに末田健から「実は妻子がいる」ということを伝えられたそうです。

恋愛関係まで発展して妻子がいることを伝えられても正直後戻りするのは難しいですよね。吉田美和は末田健のことをずっと独身と思っていたわけですし、独身男性として愛していたわけですから急にそのような事実を明かされて困惑していたでしょう。

結局、末田健は2003年に離婚、翌年の2004年に吉田美和と略奪婚という形で結ばれました。

そんなこともあって、世間からは「略奪婚」と大きくレッテルを貼られただけにイメージが大きく落ちてしまいましたが、実際には末田健が嘘をついていたということもあって、ある意味吉田美和も騙された側ですよね。

実はこの二人にもう1つ面白いことがあって、二人は法的な「結婚」という形ではなく「事実婚」ということで内縁の妻・夫という関係になったそうです。どのような理由で事実婚を選んだかは不明ですが、最近では比較的多いといわれている事実婚を10年以上も前に選んだのは珍しいですよね。

吉田美和が2012年に鎌田樹音(juon)と早すぎる再婚を発表!

2007年に旦那の末田健に飛び立たれてしまった吉田美和ですが、二人の別れから5年後の2012年に鎌田樹音(juon)と再婚するニュースが出回りました。

しかし、当時の吉田美和には「略奪愛」という悪い印象に加えて、「元旦那の死去から5年で再婚するというのは早すぎないか?」というバッシングを世間から受けてしまうことになりました。

実際には略奪婚という部分は先ほど紹介したように吉田美和も騙された側でもあるんですけどね。そんな裏話については世間の人は知りませんし、「略奪してすぐに再婚した女」という悪いイメージがついてしまったのでしょう。

ただ、どうなんでしょうか?末田健の死去から5年で再婚するのは早いのでしょうか?最愛の旦那を亡くしてしまった吉田美和からすれば1人で過ごしていた5年間は誰も味わえないほど長かったはずです。

そんな中で出会えた鎌田樹音が吉田美和の心の支えになっていたわけですし、先に飛び立ってしまった末田健のような優しさがある人であれば吉田美和と鎌田樹音の結婚を天国からきっと喜んでいるはずです。

それに子供の言い訳みたいになってしまいますが、吉田美和と末田健は事実婚であって、法的には結婚していませんでした。そのため鎌田樹音との結婚は再婚ではなく初婚となります。

吉田美和と鎌田樹音との出会いは?

2012年に幸せを掴んだお二人ですが、そんな二人が出会ったきっかけについて調べてみることにしました。

鎌田樹音について少し調べてみると、「FUZZYCONTROL」というバンドグループのボーカル兼ギターとして活躍しているミュージシャンでした。

彼は吉田美和の19歳年下になるのですが、FUZZYCONTROLはドリカムのツアーのサポートメンバーとして一緒にお仕事をしたこともあってお互い顔を知っている仲だったそうです。

そんな二人が恋愛関係になったのは2011年頃と噂されていて、翌年の3月には結婚されていますから結婚までの流れが早かったという印象です。

日本では多くの女性が男性側の姓を貰い、嫁にいくという形が主流ですが、このお二人は音楽家として偉大な「吉田美和」という名前を残しておきたいからということで鎌田樹音が吉田美和の婿になる形で結婚したそうです。

過去に最愛の旦那さんであった末田健と亡くし、新たに結婚することを悩んでいたそうですが、「彼であればもう一度愛しても大丈夫だ」と結婚について前向きに考えることができたため彼のプロポーズを快く受けたそうです。

結婚して6年ほど経ちお二人の悪い噂話を耳にすることはないですし、良い夫婦生活を過ごせているんでしょうね。

まとめ

いかがだったでしょうか?
今回はドリカムで人気メンバーの吉田美和を紹介しました。

過去に略奪愛として世間から悪い目で見られた吉田美和ですが、そんな結婚生活も旦那の急死によって3年で終わり。その後数年で再婚したことから世間から二度の悪いイメージがついてしまいましたよね。

しかし、今回の記事を通して略奪婚の真相や鎌田樹音との結婚が初婚だったということをわかっていただけたのではないのでしょうか。

結果的には今吉田美和と鎌田樹音が幸せであれば何よりですよね。そんな吉田美和の今後の活躍にも期待したいですね。

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