長嶋一茂は過去に精神的なダメージを受けてパニック障害に陥ったことがあると言われています。

そのタイミングとは主にプロ野球選手として活躍していた現役時代でした。

ファンの方の中には知らなかったという人も多いかと思います。

というのも、長嶋一茂はパニック障害が原因で出場を辞退したり長期で休みを取ったりすることはありませんでした。

その場にいた選手や長嶋一茂に近しい人物しか知らなかったようですね。

さて、基本的には明るくしており、人からのきつい言葉も笑って流している長嶋一茂がパニック障害に陥ってしまうほどの出来事とは一体何だったのでしょうか?

ここでは、長嶋一茂がパニックを起こしてしまうようになった原因やきっかけ、さらには治療法も詳しく紹介していきたいと思います。

プロ野球ファンの方はもちろん、二世アスリートや二世タレントに対して『楽そうだな』というイメージを持っている人は、ぜひ読んでみてください。

もしかすると、二世に対する考え方が変わるかもしれませんね。

それでは早速どうぞ!

長嶋一茂のパニック障害の原因は?野村監督の冷遇や土井正三コーチとのトラブルも関係あり?

長嶋一茂は現役時代、2つの球団を渡り歩きプロ野球選手として活躍をしてきました。

1つ目の球団はヤクルトスワローズ。

ドラフトで1位指名を受けて入団した1988年から1992年までの4年間、野村克也監督のもとにいました。

2つ目の球団は巨人。

ヤクルトからのトレードで当時、父親である長嶋茂雄が監督を務めていた巨人に入団をしました。

パニック障害に陥ったのは時期的にいうと巨人に入団してからすぐのことですので、大きな原因は巨人なのでしょうか?

しかし、長嶋一茂は最初の球団であるヤクルトでも監督の野村克也とちょっとしたトラブルになっています。

野村克也監督は自身が現役の時から長嶋茂雄とはライバルであり戦友だったわけですが、監督を務めるようになってからは真っ向から対立する立場になりました。

同じリーグ内にいる違う球団の監督同士ですからね。

仲良くしている方が反感を買うでしょう。

そんな野村克也監督率いるヤクルトに、長嶋茂雄の息子である長嶋一茂が入団したわけですから、野村克也監督もやりにくかったのでしょうね。

当時、長嶋一茂は監督からの指示はほとんどなく常に自主練のような形だったといいます。

監督やコーチに何かを聞こうとすると『家に帰って親父に聞いた方がいいのでは?』というようなことを言われたこともあるとか。

それでも長嶋一茂は懸命に努力をしてヤクルトではサードを守り、打率もずば抜けているわけではないですがプロ野球選手としては上々の打率を残していました。

ですが、そんな時に野村克也監督が決定したのは無償での巨人へのトレード。

長嶋一茂は一言も志願していないといいますし、巨人からの引き抜きがあったわけでもないそうです。

おそらく、野村克也監督があまりにも扱いづらいということで、父である長嶋茂雄のいる巨人へ引き取りを求めたといったところでしょうか?

その後、巨人の中では土井正三コーチと練習法の考えの違いで言い合いになったりコーチを放り投げられたりした結果、急なパニック障害に陥ったのです。

具体的なパニックの症状は公開されていませんが、『ユニフォームを着ると手が震える』ということから始まり、『打席に立つと視界が狭くなり目の前が真っ暗になる』や『ブーイングが聞こえるとどんどんと周囲の声や音が遠のいてくる』といった症状があったことは引退後に明かされています。

また、【長嶋茂雄】というワードが聞こえるだけで『また俺の悪口か…』というように思ってしまうことは日常茶飯事だったとか。

パニック障害の原因は野村克也監督や土井正三コーチだったかといわれると、はっきりそうだとは言い切れなさそうですね。

もちろん、長嶋一茂と2人の折り合いが悪く、落ち込むきっかけにはなっているかもしれませんが、長嶋一茂がパニックを起こすまで追い詰められていたのは【長嶋茂雄の息子】という重荷と、周囲からの過重な期待によるものだったのでしょうね。

長嶋一茂の病気はうつ病?統合失調症との噂も?発症期間と治療方法を分析!

長嶋一茂がパニック障害を起こした理由は、精神疾患によるものではないかと考えられています。

具体的にはうつ病や統合失調症の可能性があるといわれていました。

この2つの病気の違いは障害がどこに出るかということ。

例えば、うつ病はやる気が出なく落ち込みがちになってしまう症状があり、感情に障害が出てきます。

一方、統合失調症の場合は頑張ろうとする気持ちはあるし身体も動かしたいけれど、うまく動かなくなってしまう、無理に頑張ろうとすると身体が震えるなどの思考の障害が出てきます。

この2つで比べてみると、長嶋一茂の場合は統合失調症の症状の方が当てはまる印象がありますよね。

長嶋一茂はどんなに震えが止まらなくても身体が動かなくても、自分から試合に出たくないと志願することはありませんでした。

もしかすると『父親に甘えている』と言われたくなかったのかもしれませんが、そこまで落ち込んでしまう事柄があったらボイコットしてもおかしくない状況ですよね。

長嶋一茂は巨人に入団してすぐにパニック障害の症状が出始めて、1996年に引退するまで小さなパニック症状は頻繁に起こっていたといいます。

1996年に二軍行きを命じられて落ち込み、高層マンションの友人宅で相談をしながら外の花火を見ていたところ、急に地面が歪んで見えたとか。

その後、なぜか窓から身を乗り出そうとする長嶋一茂をみた友人が異変に気付いて押さえ込み、救急車を呼んだことが命に関わる最初のパニックでした。

さらには、何かをきっかけに過呼吸を起こすことが多くなり、とてもプロ野球選手として活躍することはできなくなったのでしょうね。

その年のうちに長嶋一茂は巨人から戦力外通告を受けて退団。

治療に専念しようとしていたところを明石家さんまに拾われて芸能界にデビューしたのです。

芸能界では引っ張りだこだった長嶋一茂は病院での本格的な治療をなかなかできなかったため、医師に勧められたサプリメントでの治療を続けていたといいます。

結果的にはサプリメントが効いたのか、長嶋一茂という一個人としての需要がある芸能界の居心地が良かったのか…

どちらにしろ長嶋一茂のパニック障害は、ほぼ完治したと言って良いようです。

長嶋一茂が引退した大きな理由は心の病だったのですね。

長嶋一茂の著書【乗るのが怖い】の内容は?本の中で明かされた瞑想の驚愕の内容とは?

長嶋一茂はプロ野球選手引退後、自らのパニック障害についてを書き記した著書【乗るのが怖い】を出版しました。

内容は、パニック障害に陥っていた当時の自らの気持ちや行動などが書かれています。

繰り返しになりますが、長嶋一茂は友人宅で花火を見ている時に、唐突にマンションから飛び降りたい衝動に駆られました。

その場は友人の起点でどうにか事なきを得たわけですが、なんと今度はそれをきっかけに高いところが怖くなったのだそう。

著書の【乗るのが怖い】というのは、具体的には飛行機を始め新幹線や電車など高いところを飛んだり走ったりする乗り物に乗れなくなってしまったことをそのまま示す題名のようですね。

今でも乗り物は怖いと言いますが、パニック障害が落ち着いてからは気持ちを落ち着かせたら乗れるようになったといいます。

パニック障害が常に起こっていた当時、長嶋一茂は恐ろしい瞑想を毎日のようにしていたといいます。

その瞑想とは、『朝起きたら自分が血まみれで死んでいる』という状況を頭の中で思い描くというもの。

理解できないと感じる人も多いでしょう。

むしろ、理解できない人は正常な心の持ち主です。

このような瞑想をしたくなる気持ちは、心の病を抱えたことがある人にしか分からないと長嶋一茂は語ります。

現に、ほぼ完治した状況で当時の瞑想を思い出すと気持ち悪くなると語っていましたからね。

当時の長嶋一茂には具体的な死に方を思い描いた上での自殺願望があったということですね。

長嶋一茂のパニック障害は突然のトレードが原因?父と同じ球団で比べられる苦悩とは?

長嶋一茂がパニック障害に陥った原因の1つとして、突然の巨人へのトレードという点も挙げられます。

前述でも説明したとおり、長嶋一茂はヤクルト時代に野村克也監督から扱いにくいと思われてしまい、ヤクルトは無償でのトレードを巨人に依頼しました。

つまり、『お金はいらないから引き取ってくれ』といった感じだったのでしょうね。

『自分がそんなことされたら』と考えると、怒りよりもやはり悲しみが勝ちますよね。

はっきりと『いらない』と言われた方がどれほど楽だったでしょうか。

この時点で長嶋一茂に大きな心の穴ができていたことは確かです。

さらに、父親が監督を務める巨人に入団しても父親を頼るわけにはいきませんし、頼った時には周囲からのバッシングの嵐になることは自覚していたでしょう。

周囲のチームメイトも、下手に近づいても指導しても監督の機嫌を損ねる可能性があると感じてしまうと、あまり長嶋一茂と仲良くすることはできなかったでしょうね。

さらに、父の率いるチームで低くはないけれど高くもない打率で、ずば抜けたスター性がなかった長嶋一茂は、試合に出場するたびにチーム内や野球界、さらにはファンたちからも強いバッシングをされ続けました。

父がすごくても子供はすごくなるとは限らない。

「やっぱり『残念な二世』だ」。

「あの場面、長嶋茂雄なら打つのに…」

どこにいても何をしていても偉大すぎる父親と比べられ続ける生活がどんなに負担で辛かったかは、やはり当事者である本人にしかうかがい知れないですね。

まして同じ野球界で同じチームにいるとなると、ファンからの期待も重すぎて重圧だったのでしょう。

長嶋一茂はおそらく、野球人生の中では【長嶋一茂】という一個人として評価されたことは一度もありません。

パニック障害の原因がトレードだったかと言われると、それだけではなかったと思いますが、トレードに至るまでの周囲の環境や人間関係などが関係していたことは確かでしょうね。

長嶋一茂はサプリメントでパニック障害を克服!?一体どんなサプリ?効果は?

繰り返しになりますが、長嶋一茂のパニック障害の治療法は主なサプリメントだったということは本人が明かしています。

また、現在も80種類以上ものサプリメントを使い分けることで体調管理をしているのだそう。

さすがに一気に80種類ということはないでしょうから、体調や場面に合わせて使っているのでしょうね。

パニック障害に陥っていた当時、長嶋一茂が使っていたサプリメントは【ビタエックス】という2類医薬品。

精神安定や抗酸化作用、基礎代謝向上などの効果があるそうです。

また、精神状態やストレス具合によって【タチカワ電解カルシウム】という3類医薬品も服用していたといいます。

こちらはドリンク剤で、イメージとすると栄養ドリンクのようなもの。

気持ちの衝動を抑えるためにカルシウムやマグネシウムを多く配合されているサプリメントを選んでいたといいます。

ちなみに、サプリメントでパニック障害は治るのかと言われると、医学的な保証はないそうです。

ですが、長嶋一茂の場合は精神科に通うことや処方される薬を飲むこと自体も『自分は精神病なのだ』と、自らを責める要素となりストレスになったのだといいます。

その一方で、自身や知り合いの栄養士、薬剤師などから情報を得た上で自らがサプリメント選びをして服用することはストレスにはならなかったのだそう。

プロ野球選手時代から行なっている体調管理の一環だと思えたのでしょうね。

長嶋一茂はサプリメントのおかげで、精神は落ち着きパニック障害もほぼ完治したようです。

もしも病院での治療でも芳しい結果が出ない人は、サプリメントを試してみるのも1つの手段かもしれませんね。

まとめ

いかがでしたか?

ここで、長嶋一茂のパニック障害の原因と思われる事柄や治療について簡単にまとめていきたいと思います。

・長嶋一茂のパニック障害の症状は、手の震えや視界の狭窄から始まり、悪化してくると自殺願望に基づく瞑想などもするようになってきた。マンションから飛び降りたいという衝動に駆られて救急車で運ばれた経験もある。

・長嶋一茂がパニック障害になった原因は野村克也監督や土井正三コーチとの確執、急なトレードなどいくつか考えられるが、当時長嶋一茂を取り囲む全ての環境が要因となったと考えられる。

・長嶋一茂は著書【乗るのが怖い】にて、飛行機や新幹線などに乗ることが現在でも怖く、パニック障害を患っていたときは絶対に乗れなかったという。

・長嶋一茂はパニック障害を【ビタエックス】などのサプリメントで克服し、現在も80種類以上ものサプリメントにて体調管理をしている。

以上になります。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。

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